例 未完の小説の紹介
送っていただいた小説は以下のような感じで紹介していきたいと思っています。
・作者の意図を尊重して全文をそのまま引用する。(誤字脱字と思われる箇所は作者に確認し、問題なければこちらで訂正する。)
・本文の後ろに作者のコメントと、希望があればウェブサイトなどのリンクを記載する。
・最後に作品から読み取れる「未完」要素について考察し、それらしいコメントをする。
・ご意見やご質問等ありましたら、メールアドレスやツイッターのDMからご連絡ください。
先輩と私
賢
「模試は、もう終わったのかい?」
「明日、数学と理科基礎があります。」
「ここに居ちゃあまずいじゃないか。隣は職員室なんだから。」
先輩は机に座って窓の外を見ながら、いつものようにこちらに顔を向けるそぶりも見せずに言った。
16時32分。日当たりの悪い多目的室にいるのは、私と先輩だけだ。
「関係ないですよ。文芸部らしい活動なんて、初めからやってないんですから。」
この学校では、試験期間中の部活動を禁止している。発覚したら、即、指導の対象になる。
もしも私がここで小説でも書いているのを先生に見られると、1か月程度、部活停止のペナルティが課せられるだろう。
とはいえ、この部室の中で文芸活動が行われたことは、私が入部してから一度もない。
「先輩と駄弁っているだけで指導されるなんてこと、あるわけないでしょう。」
「それもそうだけどねえ。」
先輩が、目にかかりそうな長い前髪を、軽くかき撫でながらそう呟いた。
そのあと、二人の間には沈黙が続いた。
この人はどちらかというと物静かなほうで、後輩に気を遣って話題を振ったりすることはあっても、相手がすすんで盛り上げようとしない限りは、おおむね黙って外を眺めている。
一方の私は、何となく部室で自習をしていて、そこに先輩が入ってきたものだから、思いもよらず二人きりになったこの状況にちょっぴり緊張してしまい、本当は何か話しかけたいのだけど、どうにも顔が熱くなって、返答するのに精いっぱいになっていた。
機関誌の一つも作らなかった文化祭の当日でさえ、ほとんど全員集まって、全然文学的じゃない話題でバカ騒ぎをしていたというのに、どうして今日に限って誰も来ないんだろう?
働かない頭をひねる。口を開いては閉じる。横顔を見つめるだけで時間が過ぎていく。先輩が小さくあくびした。
*
「おい。青春してるところ悪いが、もうカギ閉めちゃうから帰りなさい。」
突然ドアが開いて、デリカシーのない顧問が余計なことを言う。
「ただのテスト勉強です。そういうの、やめてください。」
「そうか。なんでもいいから早く出なさい。ホントは二年生は全員、即帰宅だったんだぞ。」
先輩が、クールに私の横をすり抜けていく。慌ててその後ろをついていった。
*
「サッカー部、今年すごいんだって。ユース出身が3人いるとかで。」
「ああ、新入生ですよね。ここってそんな選手が来るような高校なんですね。」
「そんなことないと思うんだけどねえ。すぐそこに、もっと強いところあるのになあ。」
先輩は、中学までサッカー部だったそうだ。本人はその頃の話をあんまりしてくれないが、同じ中学だった先輩から、なかなかの選手だったと聞いた。
どうしてこの高校に来たのだろうか。そしてなにより、どうして文芸部を選んだのだろうか。謎は深まるばかりだけど、なんだか触れてはいけない話題のような気がして、ずっと聞けないでいる。
「私は、スポーツはあんまりわかんないですね。小学校のドッヂボールで茶化されて嫌になっちゃって。それからはずっと、休憩時間にも本ばっかり読んでます。」
さりげなく話題をすり替えた。このまま話を続けるのは、ちょっと無理だと思った。
「そういえば、体育祭休んでたよねえ。あれは、そういうこと?」
「……あー、そうですね。そういうことです。走ってるの見られるのが嫌で。」
「うーん。それはちょっと分かるかもな。でも、たまには運動しないと、体壊しちゃうよ。」
「いいんですよ。別に。いちいち嫌なこと思い出すぐらいなら、体ぐらいくれてやりますよ。」
先輩が、小さく笑った。
*
「今日と、明日だよねえ。模試。」
「そうですね。日本史なんか、まだほとんど習ってないのにやらされて。60分もいらないのにきっちり待たされました。」
「あー。なんかそんなことあったかもなあ。」
緊張がやっとほぐれて、会話も弾んできた。2年目、まさかの急接近。
二人きりで一緒に帰ることは、今まで何回かあったものの、いつも私がしどろもどろになって、何にも起こらないまま最後の分かれ道に到着してきたのだった。
次は何を話そうか。どんな話が好きだろうか。口をもごもごさせていると、
「池田!」
先輩の名字が響く。フェンスの内側から、サッカー部っぽい恰好の人が呼ぶ。私たちは私立高校の前にいた。私たちの高校の近くにある、スポーツの強豪校。
「青春してる!」
「そういうのじゃないよ。」
「有言実行じゃんか!」
声のでかいこの人は、先輩の中学時代のチームメイトらしい。
先輩は、なんだかいつもよりぶっきらぼうで、きまりの悪そうに対応していた。
先輩が押されている様子は珍しくて、もう少し見物していたかったけど、すぐに強豪校らしく大迫力の怒号が、サボりの会話を切り裂いた。
「やばっ。監督キレてるわ。」
先輩はちょっと安心して、練習に戻るように促していた。
先輩の元チームメイトが走り去っていった。先輩は私のほうを向いて、ちょっとだけにらんだ後、すぐに微笑んで私の胸を小突いた。
*
「一番には、ああいうノリが嫌だったんだよ。」
「そう、みたいですね。」
グラウンドのサッカー部を眺める。ああいう空間に先輩がいる、というのは、ちょっと想像できないな、と思った。
しかし、まあ、もっと気になることがあった。聞かずにはいられなかった。
「それで、有言実行ってなんですか?」
「ウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」*1
「スッキリしたよ。チームメイト以外に初めてしゃべったかもねえ。」
「こういう聞き上手な人と出会えて、やっぱりここに入らなくてよかったと思うよ。」
グラウンドを指さして言ったその言葉は、きっと私にとってうれしいものだったのだと思う。でも、素直には喜べなかった。
「……それじゃあ、そろそろ帰ろうかな。」
「伊藤くんは、あっちでしょう?また明日ね。」
小さく手を振ると、先輩は歩き出した。いつもの先輩らしく、坂の向こうに見えなくなるまで、一度もこちらを振り返らなかった。
「祝 女子サッカー部 全国大会出場」
目の前のフェンスには立派な横断幕が掲げられていた。
作者のコメント
叙述トリックにあこがれて、男女入れ替わりの話を思いついたのだが、男女が入れ替わることを、大筋に影響させる方法がわからなくて呻いてしまった。結果、帰り道に男女が入れ替わるだけの話になってしまい、あえなくゴミ箱行きとなった。
完全に消去したと思っていたのに、フォルダの整理中ひょっこり顔を出して私の心を傷つけた。
考察
納得のいくものが作れなくて、人の目に触れることなく捨てられた作品です。どうやら最初に思いついた発想に引っ張られすぎていたようです。
「どんでん返し」の爽快感というものは、当然ですが、オチだけで成り立ってはいません。結末をより衝撃的なものにするためには、効果的な伏線を文章の中にちりばめる必要があります。
しかし、書き終わって「ちょっといい感じのオチだぞ」と思っても、一から読み返すとどうにも面白くない。
伏線が破綻していないとすると、考えられる一番の原因は、「土壌が面白くない」すなわち、伏線がちりばめられている文章が面白くないということではないでしょうか。
「どんでん返し」と帯に書いてあっても、十分に驚ける小説が存在します。それらは、あるいはオチのために書かれた小説かもしれませんが、細かい描写で手を抜かず、読者を物語世界に引き込んで、最後の十ページぐらいまでオチのことを忘れさせます。そして、「おいおい、そういうことになると話が変わってくるぞ」と、二度目の読書に誘うのです。
コントの中で使われていた一発ギャグが、面白いからと言って流れを無視して繰り返されて、次第に死んでいく、みたいな現象と比べてみましょう。小説の技巧のかっこいい部分だけまねて、流れを無視すると、その技巧は死にます。
面白くない理由がわかるだけでも、途中であきらめにくくなると思います。小説がしっくりこないときは、やりたいこと「以外」について注目してみるといいのかもしれません。